「ピッピッピッ ピッピッピッ ピッピッピッ … 」
携帯のアラーム音が狭い部屋に響きわたった。
レースのカーテンから漏れる明るい陽射しに小鳥のさえずりが聞こえ、さわやかな朝… とは縁遠く、締め切ったカーテンに薄暗い部屋、窓の外からは通勤電車の響きが聞こえ、時折揺れすらも感じるなんとも目覚めのすっきりしない朝を迎えた。
ほぼ無意識のまま手探りでベッドのわきのテーブルのタバコとライターを探し、まだベッドに横たわったまま目も開けずに器用にタバコに火を付けた。
これがハマの探偵事務所のいつもの朝だ。
少しずつ薄目を開けながらタバコを一本吸い終わり、ようやくベッドから起き上がった。
昨日、2か月前に依頼を受けたストーカー被害の犯人をようやく特定でき、警察に突き出すことができて、今日はそれ以来となるほぼ2か月ぶりの休みなのだ。
久々にパチンコにでも行こうかと、ベッドに座りながら2本目のタバコに火を付け、眠い目をこすりながら、ようやく立ち上がりコーヒーメーカーに粉と水をセットした。
2本目のタバコも吸い終わり、洗面所に向かっていると、「ピンポーン」とインターホンの音が鳴った。
「はい」
インターホンに出ると若い女性の声で、
「人探しをお願いしたいんですけど、、、」
せっかくの休みの日にちょっとイラついてぶっきらぼうに、
「すみません、今日は臨時休業なんで、明日また来てもらえますか。」
と答えると、
「急いでいるのでなんとかお願いできないでしょうか。時間がないんです、ぜひお願いします。」
といかにもあわてた口調でお願いされ、仕方なく、
「わかりました、ちょっとお待ちください。」
と、すぐにまた洗面所に向かい顔を洗い、ようやく今日クリーニングに出すつもりだったスーツに着替え、
「お待たせしました。」
とドアを開けた。
そこに立っていたのは、年の頃は20代半ば、髪はややウェーブがかったセミロングで、中肉中背、いかにも日本人の平均的な女性、という感じだった。
「どうぞ中へ」
と古びれた応接セットに案内し、入れたてのコーヒーを差し出した。
お互い自己紹介もせぬまま、その女性は、
「人を探してほしいんです。」
といって、いきなりスマホで撮った写真を見せられた。
海をバックにしたツーショットの写真で、一緒に写っていた男性はやはり20代の半ば、 どう見ても恋人同士で仲良く肩を組んでの自撮りの写真だった。
(この方とのご関係は?)と聞くまでもないかと思ったが、一応正式な依頼なので聞いてみた。
「この方とのご関係は?」
と聞くと、
「兄です。」
との意外な回答に、探偵でありながら、一緒に写っていた男性を恋人と思ってしまった自分に改めて(いけない、いけない…と)気を引き締めるように、両手でほっぺたを2回たたいた。
ここで、初めて自己紹介をするために名刺を差し出した。
しかし、彼女はその名刺には目もくれずに話を続けた。
「2年前、北海道の実家から兄と二人で横浜に出てきて、二人で小さなアパートを借りて住んでいました。」
そんな彼女の話を遮るように自己紹介を続けた。
「私は、この探偵事務所で私立探偵をやっています浜崎誠二です。あなたのお名前は?」
「あ、すみません、私は山根京子と言います。」
「で、このお兄さんのお名前は?」
「兄の名は山根武です。」
「ではまず年齢をお聞かせ願いますか?」
「私は今年で24になります。兄は今年26になったばかりです。」
「わかりました、では後程依頼書に詳しく書いていただきますので、ご依頼の内容を続けてください。」
「横浜に出てきてから兄は近くのパチンコ屋に勤めていました。私は当時北海道の大学を卒業したばかりでとりあえず近くのコンビニでアルバイトを始めました。」
「で、お兄さんがいなくなったのはいつですか?」
「先週の土曜日、兄は早番だったので 朝8時半にアパートを出て、夕方の5時には帰ってくる予定でしたが、その日逆に私はコンビニの遅番だったので、夕方4時にアパートを出て、夜11時にアパートに戻ったところ、兄がまだ帰ってなくて、また誰かと飲みにでも行ったのかと思い、その日は兄の帰りを待たずに寝ました。」
「それで?」
「次の日朝起きたら兄はまだ帰っていませんでした。今まで、飲みに行ったりして遅くなる時は特に連絡とかはなかったんですが、徹夜のマージャンとかその日帰らない時は必ず連絡をしてくれていたんです。」
「そうですか。」
「でも結局次の日の日曜日も帰ってこなくて、兄の携帯に連絡をしたんですが全然つながらなくて、夜パチンコ店に連絡を入れてみたら、土曜日はいつも通り4時に仕事が終わって4時半には店を出たらしいのですが、今日は珍しく無断欠勤だったと聞いたんです。」
「こういったことは初めてだったんですよね?」
と聞き返すと、
「ええ、初めてです。」
「警察には?」
「一応月曜日に近くの警察署に届けを出したのですが、いい年した男が2~3日帰らないことはよくあることで、みたいに一応受理はしてくれたのですが、真剣に探してくれそうな感じではなかったので、バイト先の人や友達にも相談して、警察はあてにならないから探偵に頼んだ方がいいってことになって、ネットで調べてここが一番近かったのですぐに来ました。」
「そうでしたか、わかりました。」
「それで、人探しの費用ってどれくらいかかるんでしょうか?」
彼女は事前にそういった世間相場も調べずにここに来たくらい急いでる様子だし、兄と妹で実家から出てきて小さなアパートに一緒に暮らしている話も聞いてしまっていたので、料金表を差し出す手が自然に止まってしまった。
「逆にいくらくらいならご用意できますか?」
と聞いてみると、
「10万か20万くらいならすぐに、、、」
今のご時世、人探しでそのくらいの金額だと、2~3日探して見つかりませんでした、で終わるのが常だ。
何万人といる警察官を抱え、全国にネットワークのある警察でさえ、全国指名手配しても2~3日で捕まるのは稀な話だ。それを私立探偵たった一人で見つかるわけがない。
そう、それに今日はようやく待ちに待った2か月ぶりの休みだったので、この依頼を断ろうと頭をよぎったが、その瞬間、彼女は突然泣き出した。
探偵の勘からか、なんかちょっと彼女の様子が普通ではない気はしていた。急いでいるといっても 今日は水曜日だから土曜の夜いなくなってからまだ4日目。 それにしてはなんか切羽詰まったような感じを受けた。
「どうしましたか?」
泣いている彼女に問いかけてみると、
「もしかしたら、、、」
彼女の口から涙声で出た言葉が、
「兄は、もしかしたら、殺されるかもしれないんです。」
「え?どういうことですか?」
なんか厄介な話が裏にありそうな人探しの依頼だと思い、彼女を問い詰めた。
「ただの人探しじゃなさそうですね?何があったんですか?お兄さんを見つけ出すためにも全部詳しく話してください。」
ここまで聞いてしまったらこの依頼を断れなくなるとわかりながらも、聞いてしまった自分がそこにいた。
「実は…」
彼女はぐっと涙をこらえ、声にならないか細い声でゆっくり話しを続けた。
「横浜に出てくる前、兄は北海道で一人暮らしをし不動産屋に勤めていましたが、そこでちょっとしたトラブルがあってクビになってしまい、一旦実家に戻ってきたのですが、しばらく働きもせず毎日パチンコばかりしていました。」
「それで?」
「そんな毎日が半年くらい続いて、ついに兄を見かねた父の堪忍袋の緒が切れ、半ば勘当同然に追い出され、私はちょうど大学を卒業したのですが就職も決まっていなかったので、兄に一緒に横浜に行こうと誘われ、二人で横浜に出てきました。」
「お二人の状況はわかりましたが、今回お兄さんが行方不明になったこととあまり関係ないように思えますが、その辺はどうなんですか?」
あまり関係ないように思える話に聞こえた私はちょっとイラっとした感じで聞き返した。
「あ、すみません、で、その不動産屋のトラブルというのが、横浜のみなとみらい地区の開発の一環で、北海道からアンテナショップを出すというプロジェクトがあったんです。兄はそのプロジェクトリーダーだったんです。」
行方不明と関係ないように聞こえてた話がどうやら関係があるようだった。改めて(いけない、いけない…と)気を引き締めるように、早くも本日2回目となるが、両手でほっぺたを2回たたいた。
「それが今回の行方不明と関係が?」
と再び聞き返すと、
「はい、そのアンテナショップを出すというプロジェクトは当初順調に進んでいたらしいのですが、突然中止になったんです。その話を聞いた兄がすぐに勤めていた不動産屋の社長さんのところへ行ったのですが、中止になった理由を一切教えてもらえず、社長さんに食って掛かって、それでクビになりました。」
「なるほど。。。」
「そのあとわかった話なんですが、どうやらこのプロジェクト自体を札幌の大手不動産屋がすべて買い取ったらしいんです。兄が企画し、出店場所もお店のデザインも宣伝プランもすべて兄が形を作ってきたのに、お金の力で丸ごと買い取られてしまったんです。」
「なるほど、それで?」
「それを知った兄は、ショックで落ち込んで、何をするにもやる気がなくなり、毎日パチンコに明け暮れる生活になってしまったんす。」
「それでお父さんの堪忍袋の緒が切れて、勘当されてしまったわけですね?」
「ええ、ですがその時すでに兄は…」
と言い続けようとした彼女の言葉が急に止まり、また泣き始めてしまった。
「すでに?」
「毎日パチンコしていた兄は地元の暴力団に声をかけられて…」
「暴力団に入ってしまったってことですか?」
「はい。。。」
これはまたとんでもない依頼を受けてしまうことになったと思い、私は無意識に今日3本目になるタバコに火を付けた。
第一章 完 第二章へ続く